妻・母の存在 最終回

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

末っ子の小6男子が、渡辺という国から独立し始めようとしていることを感じた私は、16年間務めた総理大臣の職を辞任して、次なる活躍の場を探し始めました。

そしてそれが「結婚相談所」だったのです。

「結婚したい」は、「自分の新しい家庭を作りたい」ということです。
新しい家庭を作るということは、結婚相手の方のために、お子さんを授かればお子さんの成長のために愛情を注いで貢献するということです。

少なくとも幸せな結婚生活をされている方は、皆さん、意識することもなくそうしているはずです。
妻、母に限らず、夫、父もその役割を、各々が考え実行しているのです。

総理官邸のHPで見つけた言葉「人づくりは国づくり」です。

妻、母の役割とは、家庭を持つということは、なんて壮大なのでしょう!!

このように素晴らしいことをしたいと思っている方々が、お相手がいないという理由で結婚せずに一人で暮らしているのは何と勿体ないお話なのでしょうか!

しかし、婚活中の方の中には、このことを知らずして結婚しようとしている方が少なくありません。
「収入の多い方と結婚したい」「結婚して楽をしたい」「掃除洗濯をしてくれる人が欲しい」「美人じゃなきゃ嫌だ」「背が高くなきゃ嫌だ」

いかがでしょうか。もしも、本当にこのような感覚で結婚するということはどういうことでしょう。
私は一家を、国家に例えました。そうして考えてみると、総理大臣は国民の税金を当てにして楽をしようとしている、国民は総理大臣にすべてを委ねて理想ばかりを並べ立てている。こんな風に見えてきませんか。


そして、その理解の無さ、意識の無さがあのセリフにつながるのではないでしょうか。

「女はいいよなー。家の中でちょっとだけ家事をしてボーっとしていればいいんだから。サラリーマンは大変なんだよ!ご飯作り?掃除?全部やったって、すぐ終わるだろう?他の時間は何やってるんだよ」

いえいえ、あなたの妻は優雅な身のこなしをしていても、楽をしてボーっとしているわけではありません。家族のことを考えて行動しているのです。
だって、一家の総理大臣ですもの!


最後に家庭の素晴らしさを表した名セリフをご紹介したいと思います。

1999年のアメリカのドラマ映画「トゥルー・クライム」の主人公のビーチャムという男性が、妻に頼まれて買い物に行った先での殺人事件の冤罪により死刑判決を受けてしまいます。彼は、死刑の直前に妻にこう言います。
「僕は君と出会っていなければどうしようもないつまらない男だった。もし生まれ変わったら、君と出会わず死刑にもならないよりも、死刑になっても君と出会う方を選ぶよ。ぼくの人生は君と出会ってからは本当に素晴らしいものだった」
(ビーチャムは、ギリギリのところで助かり、妻と子供の元へ帰りますのでご心配なく)

私は、素晴らしい家庭を持つことによって、より幸せを感じることができる人がたくさん増えていくことを、心より願っております!

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タカノフルーツパーラーの「シーズナルトライフル桃」で、季節を味わいました。

妻・母の存在 part 4

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

妻・母の仕事は時間や肉体労働量では存在意義をはかれないことを感じた私は、益々、渡辺家の総理大臣として、ひとつひとつの仕事に意味があることを確認しながら主婦業に励みました。

長女が無事に私立中学に入学したので、長女のことは学校や学友に任せることにしました。私の役目は、長女が充実した学校生活を送っているかの確認と、母として学校行事に参加したり、必要なお金を準備したりということがメインになってきました。
実際に、中3の長女に何か聞かれても「ごめんなさい、今と昔とじゃ大違いなのでわからないわ。学校の先生に聞いて。」ということばかりですし、実際に親も、これから子供たちが出ていく社会の現状を、先生から教わっているのです。

そして、今年はとうとう小6男子の中学受験です。私は、母としての一つの区切りである大きな仕事だと思い、覚悟をして今年を迎えました。
5年生の時に役員も無事に済ませ、中学受験に集中できる環境は整えました。
スケジュールの管理、お弁当作りや健康の管理、塾の父母会の参加、学校見学の日にちのチェックと参加、勉強で分からないところは教える‥等、私は準備万端だったのです。

ところが、息子は本格的な反抗期に突入してしまったのです...!!
「何もこんな時に...!!」

よその男の子を持つお母さんに話を聞いてみると、「叱って勉強をやらせている」というのですが、反抗期の子供には、親が叱ることは全く通用しないどころか、逆効果でしかありません。
成績も良くありません。

私と息子のぶつかり合いが続きました。
叱らずに見守ろうとは思うのですが、3日も我慢すると、イライラが溜まって爆発してまた叱ってしまうのです。

【反抗期】
人間の成長・発達過程には、親、年長者あるいは既成の価値体系を拒絶、否定、無視し、激しい怒りの感情を表出したり、破壊的・暴力的な行動を引き起こしたりすることが目立つ時期がある。この時期を反抗期というが、否定期と呼ぶこともある。今日では、〈第1反抗期〉(幼児期)、〈第2反抗期〉(思春期)をあげる2期説が一般的である。いずれも自我意識の発達に伴う自立・独立の欲求の高まりがその背後にある正常な現象であり、人格発達上重要な意義をもつものである。~世界大百科事典 第2版~

そうか、そういうことだったのか。
息子は、渡辺という国から「自立・独立」をしようとしているのです。渡辺という国の総理大臣が取り決めた色々な法律や仕組みの中で行動することから外にはみ出て、自分自身の国を作ろうとしている...。
まだまだ言っていることが甘くて幼い息子だけれども、それでも成長しようとしている。
私の決めたやり方ではなく、自分のやり方で、自分の力を試そうとしている。
私はもう、見守ることしかできない。
失敗するとわかっていても、見守ることしかできない。
しかし、受け入れることはできる。
失敗しても、どんな息子でも、受け入れよう。
息子が自分の国を作ろうとしているのを邪魔してはいけないのだ。

そう、私の役目は8割がた終わったのだ。

そうは言っても小6の受験生が家にいれば、居眠りしていないか、宿題はやったのかと気になって見張ったり口出しをしてしまいます。

そこで私は、外に出て、何か仕事をすることにしたのです。
まさか、今年が本番という受験のその年に、自分が16年間続けた専業主婦を、いえ、総理大臣の職を辞任することになるとは夢にも思いませんでした。本来なら、渡辺智美一人内閣の集大成とでもいうべき年なのです。

そして私は、総理大臣の職を辞任し、天下り...いえ、今の自分、総理大臣を16年間も続けてきた今の自分が最も役に立つ次なる場所を探すことにしたのです。

次回は、総理大臣辞任後の私と国民たちについて書こうと思います。

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女子力を超えて「妻力アップ」の女性会員様、今度はバナナマフィンを作りました。

妻・母の存在 part 3

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

主婦である私の一日の行動や思考を意識しながら何日かを過ごした私は、妻・母の役割は、労働の時間や量ではなく、如何に賢い妻・母であるかということが存在意義につながることを、あらためてはっきりと自覚しました。

私は、何気ない家事や見るもの聞くもの、人とのコミュニケーションも、常に妻として母としてということを頭において、益々有意義に、そして価値あるものとしてとらえるようになりました。

それにしても、主婦と総理大臣(実際には総理というより大臣の兼任)はやっぱり似ていると思います。
そしてそれを意識すると、全てのことに意味が生じてきます。意味の顕在化とでも言いましょうか。
意味があることがわかると、同じことでもより有意義に行うことができます。例えば、いちいち言葉にして伝えることができる、子供に対しては教育的な接し方ができる、様々な場面でのせっかくの良い機会を生かすことができる、などです。

さて、今日は真面目なお話はここまでにして、心の中で総理大臣のつもりになっている、密かな私の心の中をお見せいたしますと...。

「食料自給率をあげよう。子供たちには農業を教えよう」と農林水産省としてつぶやきながら、家庭菜園をしている。

「医療費削減の一環として健康的な体作りをしよう」と厚生労働省として、食事作りをしている。

外務省として幼稚園や学校に通うことそのものが「国外留学」ととらえている。

寄付は「他国支援」としてとらえ、世界を構成する一国として惜しみなく予算を組むこととする。

頑張っている応援したい企業や起業家には、やはり「他国支援」として、ケチケチせずに惜しみなく消費するようにする。

保護犬猫を飼うことは「難民受け入れ」であり、難民のそれまでおかれていた苦しい状況を理解し、お互いに受け入れ合って暮らしていくこととする。

主婦、ご近所、友人とランチをすることは「サミット」であり、有意義な時間とする。

...そして、首相官邸のHPにこんな言葉を見つけました。

「人づくりは国づくり」...!!


次回は、16年間就任した総理大臣の辞任表明について書こうと思っております。

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未来の旦那様を「おいしいお食事で幸せにしたい!」とお料理の腕をあげている女性会員様の作った「長いもと牛肉の鍋」

妻・母の存在 part 2

こんにちは。
横浜駅直結「幸せな結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジールの渡辺智美です。

渡辺と結婚をして専業主婦になった私は、「渡辺」という超微小国の総理大臣に就任したつもりで、責任感に燃えて家事育児をこなしておりました。
ところがそんなある日、ご近所のご主人に「女は楽だ。数時間だけ家事をしたら、あとは暇だ」と言われてしまいました。

「総理大臣は、国民が納めた税金を使ってのうのうと生活している」

そう言われたも同然です。

私はその日から、特に意識することなく当たり前のようにこなしていたことも、ひとつひとつ意識しながら一日を過ごすようにしてみました。

そして

掃除・洗濯・食事作りなどの肉体労働だけが主な仕事ではないこと。
家族にとってプラスになる情報や知識や場などの提案・実行を常にしているということ。
家族の精神状態に問題がないか、常に観察しているということ。
問題がありそうなときは、常に対処しているいうこと。
家族が安心して、それぞれが伸び伸びと生きていられるような環境を作ること。
家族が心身ともに健康的でいられるように意識して、掃除・洗濯・食事作りをし、家族と関わっているということ。
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妻・母としての仕事は、眼に見える肉体労働の量や、時間の長さで評価するのではなく、如何に賢い妻・母でいるということが大事である
と、はっきりとわかったのです。


賢く役割を担おうとしていることがわかれば、妻・母のすることには意味があるということがわかります。

いちいち言葉にして説明するまでもなく、家族のことを思って常に色々なことを考えて主婦業をしている。家族がいつも、充実して過ごし、子供に対しては人として健やかに成長できるように、夫に対しては社会人として目標を成し遂げられるように、常に全力で応援し、必要な時には自分の立場でできることで支援するのです。

私は、これらのことを、職業を持ちながら行うほど器用ではありませんでしたので、専業主婦になりました。
その代わり、お金の管理はしっかりとし、節約できるところは節約することにも使命感を感じておりました。

次回は、主婦業を総理大臣に例えた私の日常をお伝えしたいと思います。


小6男子の息子は、夏休みの宿題で「朝食」を作りました。
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妻・母の存在 part 1

こんにちは。

横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

私は結婚してから16年間、専業主婦をしておりました。
理由は、ざっと分けると4つありました。

1. 職業を持って外で働くことは充分にやり、納得し満足した。
2. きちんとした休日もなく、ろくに睡眠もとらない夫の健康管理をしなければならない。
3. 育児に専念したい。
4. 職業人・妻・母の3役をこなす能力は自分にはない。

そして私は、

「渡辺という超微小国の総理大臣になるのだ!!」

そう心の中で決意して結婚したのです。私にとって、結婚は新しい就職先のような感覚でした。

厚生労働省:家族が健康に過ごし、夫が仕事に専念できるようにする。
財務省:上手にお金を使い、貯金もする。夫が必要な時にお金を渡せるようにする。
外務省:夫は仕事や友人との付き合い、私はご近所との関係を円滑にする。
文部科学省:子供を公園に連れて行ったり、音楽を聞かせたり、色々なものに触れさせる。

こんな感じで、専業主婦という仕事を一家の総理大臣と職業のように捉えて、ひとつひとつの役割を賢く、そして責任をもって担っていきたいと考えたのでした。

夫や子供は、さしずめ「国民」です。夫は国(私が)が整えた環境の中で安心して働き、そして渡辺という国(私)に税金を納めるのです。
子供は健やかな成長のために、国(私)が準備した義務教育を受けるのです。

私は、心の中で密かにこんな風に考えて、主婦業を面白がっていたのです。

ところがある日、ご近所のバーベキューに誘われたときに、ある家のご主人が発した言葉に愕然としました。

「女はいいよなー。家の中でちょっとだけ家事をしてボーっとしていればいいんだから。サラリーマンは大変なんだよ!ご飯作り?掃除?全部やったって、すぐ終わるだろう?他の時間は何やってるんだよ」

私は上手く答えることができませんでした。サラリーマンは一日8時間以上、ひたすら労働し続けています。しかし、専業主婦は確かにきめられた時間で連続で労働をし続けるということはありません。しかし、「楽だ」というわけではありません。サラリーマンにバカにされる存在だとも思いません。実際に、夫も子供も私に感謝してくれているのです。

そして、この答えを出すために、もう一度「妻・母」の存在意義を考えることになったのです。

この続きは次回に!
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左:総理大臣就任直後の私と側近の犬のみっちゃん 右:国民の夫

婚活疲れ

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

「婚活疲れ」という言葉が、最近では普通に使われているようですね。
なぜ「婚活疲れ」をしてしまうのでしょう?

私たちは、誰でも、生まれてからずっと、たくさんの人と出会ってきました。

家族はもちろんのこと、近所の幼馴染、幼稚園や保育園のお友達や先生、学校に入学すればそこでのクラスメイトや先生、部活やサークルの仲間、就職すれば仕事関係の人、そして、結婚すればお相手の家族、新居でのご近所、子供が生まれればママ友、学校でのPTA...そうやって人と関わり合いながらずっと生きていくものです。

どの関係でも、疲れて人と会うことが嫌になってしまうのには、共通の理由があります。それは、「相手に期待し過ぎる」場合です。

自分の中で、「こうあるべきだ」「こういう時はこうするものだ」「あの人の考えは変だ」などと自分の考えや常識と違うことにいちいち引っかかって、許せないでいると、必ず人間関係に疲れてしまいます。
世の中に、自分と全く同じ感覚の人などいないからです。重箱の隅をつつき始めてしまい、あの人も嫌だ、この人も嫌だと止まらなくなってしまう人もいます。

「そういう人もいるんだな」と思って、お付き合いの程度や深さを、自分で調節すればよいのです。誘われても会いたくなければ、上手いことを言ってお断りすればよいのです。

幼馴染でも、幼稚園でも、学校でも、部活やサークルでも、ご近所でも、職場でも、どこかでは気の合う、仲の良いお友達ができたことがありますよね?
始めから、そのお友達に、自分と親友になることを期待して接していましたか?
心の距離がまだ遠いのに、やたらに自分の領域に入ってこようとする人は、親しくなるどころか敬遠されがちですよね。
そして始めは親しくなかったけれども、段々と親しくなった場合もあるでしょう。

人との距離のとれない人は、人間関係に疲れてしまいやすい人と言えます。
出会ってすぐに、「私と親友になってよ」という勢いで接したり、また逆に「この人は親友になれなかった」と始めから悪いところばかりを見つけては、いちいちガッカリしてしまう人です。

そして婚活も同じです。

結婚という言葉が頭の中にあるので仕方のないことかもしれませんが、始めはお相手のことはわからないものです。今まで生きてきた中で築いてきた人間関係と同じです。
あまり結婚を意識し過ぎずに、お見合いの1時間から、初デートでは2時間程度のランチ、と、少しづつ会う時間を延ばしていきながら、「この人とは仲良くなれるかな」というところから始めるのです。
始めから「結婚!結婚!」と思っていると、お相手は敬遠してしまいますし、自分もガッカリするところばかりが目に付いてしまいます。
何度も言いますが、婚活と言えども今まで築いてきた人間関係と同じです。
特に初期の段階では、「焦り」は結婚を遠ざけるだけです。

そして、少しずつお相手とお話ができるようになってきてから、ようやく相手の本当の姿が見えてくるものです。そこで初めて「結婚したい人か」が見えてくるのです。

もちろん、会って間も無く「この人とはご縁が無いな」と感じることもあるでしょう。その場合はお断りをすればよいのです。何も必要以上にガッカリすることもありません。

無駄な「婚活疲れ」をしないコツは、「始めから相手に期待し過ぎない」「始めはお友達から」「相手に振り回されない」「疲れないように会う時間は少しずつ延ばす」「ご縁が無ければお断りする」「いちいちガッカリしない」などでしょうか。

しかし、結婚間近の交際にまで発展したのに結婚に至らなかったという場合は、ガッカリしたり心が疲れたりしても当然です。でも、結婚をあきらめたくないのなら、「ご縁のある方が他にいるはずだ」と信じてまた立ち上がるしかありません。
終わった恋愛から吹っ切れた人は、心もスッキリして魅力的になっている時です。
今度こそ本物の出会いがあるかもしれませんね。

「お見合い」や「仮交際」は、何度でも繰り返すものです。その中から結婚を前提として「真剣交際」に至るのはほんの数人です。
ですから、「お見合い」「仮交際」で、始めから過度の期待をする必要も、いちいちガッカリする必要もありません。「色々な人がいるんだな」と楽しんで、モテる自分を確立していきましょう。ガッカリしてばかりいると、顔に出てしまいますよ!
素敵なホテルのラウンジで、「素敵な自分」と「おいしいお茶」と、「高級な雰囲気」を楽しみましょう!

いつか、「この人だ!」と思える人と出会った時のためにです。
気長に、でも確実に、「理想の自分」となっていき、「理想の人」をゲットしましょう!
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お義母様との人間関係の築き方も同じです。

好きじゃない人からばかり好かれる人

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

先日、ある女性の方から「私って自分の好きじゃないタイプの人からばかり好かれるんですよ」という話を聞きました。
彼女は、好きじゃないタイプの人からは好かれるけれども、自分がいいなと思った人には相手にされないと悩んでいるのです。

ところが、話を聞いていくうちに、私は「どっちもどっちに見える」と思い始めてきました。「自分の好きじゃないタイプの人」の話を聞いていると、「彼女もそこまで人のこと言えるようにも見えない。やっぱりどこか似てる。同じ程度。」なのです。

さあ、どうしたらよいでしょう?いくら私でも、「好きじゃないタイプの人たちとあなたは、同じ程度の人間よ」とも言えません。
それに、彼女は、その好きじゃないタイプの人たちより、自分の方がきちんとしている人間だと思い込んだ様子で話をされています。

この女性だけではありません。よくある話です。誰でも、自分のことはよくわかっているようで、実はわかっていないのです。「自分に自信がない」という方でもそうです。等身大の自分をわかっておらず、婚活が始まると相手のことばかり言い始めます。本当は自信があるのかもしれません。「私にはもっともっと素晴らしい人が合うはずだ」と。

私が考えるに、この等身大の自分がわかっていない人に対する対処は二つです。

一つは、ひたすら自分自身のことを見つめて、自分の姿に気が付くことです。婚活を通して、お相手のことばかりを見ずに、色々な方とお会いした時々の自分の言動を冷静に見ることです。自分本位ではなかったか。相手をバカにして失礼な態度をとったりしなかったか。お見合いに来てくれたことに感謝の気持ちが持てたか。自分自身のことを棚に上げて人を評価するような態度ではなかったか。この時間を楽しいものにしようと努力したか。相手の気持ちを思いやることができたか。などなど、初対面の人と会うことで色々な方面から自分自身を知ることができます。

もう一つは、とにかく自分自身を今よりも高める努力をすることです。マナー教室や料理教室、自信が持てるようなセミナーに通ってみるのもいいかもしれません。そしてこのような教室やセミナーに通っていると、「こんな人になりたいな」と、憧れて真似をしたくなるような先生に出会うかもしれません。そのような先生と出会ったらラッキーです。その先生のどのようなところが素敵なのか、どうしてその先生に憧れて真似をしたくなったのかを考えれば、自分がどうするべきかがわかります。お教室やセミナーで自信をつけ、さらにこんな自分になりたいという目標ができるのです。

私は、前者の方は、私が結婚コンサルタントとして会員様とかかわっていく中でお伝えできるように努力をしておりますが、後者は前回のブログでお伝えいたしましたが、婚活に有効なお教室の先生方と繋がり始めております。

「好きじゃない人からばかり好かれ、素敵な人からは見向きもされない」という方がいらっしゃいましたら、お気軽にお問い合わせください。

もちろん、そうでない方もお気軽にお問い合わせください。

年内は、格安料金で承っております。(「HPのお知らせ」をご覧ください)

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今日の夕食は「夏野菜と鶏肉の揚げ浸し」

ワンランクアップした自分で婚活を!

こんにちは。

横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジールの渡辺智美です。

しばらくブログをお休みしておりました。

4月にプレオープン、6月に本格オープンをいたしましてから、モニター会員様を中心に、数十件のお見合いと数組の交際の経験から、婚活中の方々がよりスムーズ(=モテる、婚活体質に変える)に活動できるように、様々な業種の方と連携を組み始めました。

現在のところ、

【男性会員】
ファッションコーディネート
小顔エステ
薄毛予防&改善ヘッドスパ
【女性会員】
和食料理教室
ブライダル&婚活エステ
【男女共通】
お見合い写真
理想の結婚のファイナンシャルプラン
時短料理教室

の先生方に協力をしていただきます。もちろん、私自身が体験をして「これなら婚活にプラスになる!!」と確信したものだけを厳選しました。

しかし、これらはほんの一部でございまして、まだまだ連携先を増やしていくつもりです。会員様には必要に応じてこれらの中からいくつか選んでいただきます。料金は入会金に含みます。(→年内の格安料金はHP内の「お知らせ」でご確認ください)

上記のサービスは、これまで結婚コンサルティングをしてきた中で「改善されていたならお見合いを組めた・交際に発展した」と感じてきた内容です。
年内は、もっともっと様々な業種との連携先を増やしていきます。

もちろん、私自身も結婚コンサルタントとして、今後も「会話のコツ」「マナー」‥等アドバイスをさせていただきます。

そして、もっと確実に「理想の結婚ができる結婚相談所」を目指していきます。

...ということで、現在、入会金・月会費ともに格安で承っておりますので、是非この機会に上記サービスをいくつか受けていただきまして、ワンランクアップされて婚活をされてみてはと思います。

お楽しみに...!!

「まだ超えたことのない大きな山」

こんにちは。
横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

今、ちょうどお盆の時期ですね。皆さんは、いかがお過ごしですか?
ご先祖をお迎えして、お墓参りにいらっしゃったのでしょうか?

お盆は一般的には、13日に霊を迎え、16日に送り出すそうです。
精霊棚に並べるきゅうりとなすの動物は、きゅうりは馬で、なすは牛です。こちらにいらっしゃるときは馬に乗って走って来ていただき、あちらにお帰りになるときは牛に乗って名残惜しみながらゆっくりお帰りになってほしいという気持ちの表れだそうです。

しかし、現在では夏休みの時期もそれぞれですし、過ごし方もそれぞれです。
ご先祖様が安心してお喜びになるのは、子孫である私たちが充実した毎日を送っている様子をお見せできることだと言います。

と、自分に言い訳をして、我が家のお盆もご先祖様はどこへやらでした。

中3女子がちょうどお盆休みに海外研修から帰国するため、成田空港へお迎え。夜に帰宅し翌日の早朝に再び部活の合宿へ。

小6男子は、塾がないお盆休みを利用して、学校の宿題を済まさなければなりません。自由研究や読書感想文などもあり大変です。しかし私は、やきもきしながら見ているしかありません。我が家の小6男子は不器用なうえに、ちょうど反抗期であることも手伝って、親の助言や口出しは一切受け入れないのです。
同級生のお話を聞くと、「うちも宿題をやらないわよ、怒って見張ってやらせてる」というのですが、我が家の小6男子にはそんなことは全く通用しないのです。
「あー、夏休み、疲れるー、精神的に」と思いつつ、彼がどうなろうとも受け入れて、そして彼自身の立ち上がる力を信じようと思っています。と言いながらも未熟者な私は時々爆発しますが。

そんな我が家の小6男子には、私が仕事をしているという口実の下、「お昼は何か買って食べて」ということが時々あります。そうしているうちに、いつの間にか、塾の近くに行きつけのラーメン店ができてしまいました。
始めは「お母さんは?」と聞かれ「いません。大丈夫です、お金は持っています」という感じだったのが「いつもありがとうね」と言われ、カウンターに座るというのが普通になっていったようです。ちなみに我が家の小6男子は背が小さくて、小学4~5年生くらいに見えます。

先日、そのラーメン店に家族で行ったところ、我が家の小6男子は、誰よりも慣れた様子で「麺は硬めで背油は少なめでお願いします」と注文をしておりました。そして、お会計の時には、少したまったポイントカードを出しておりました。

そんな小6男子と二人で外食をするときは、息子にお店の予約をしてもらいます。
「今日、混んでますか?...はい。...二人です。...はい。...8時ですね。わかりました。ありがとうございます。」と、慣れた感じです。
先日は、私がレモンサワーを注文し、息子はレモンスカッシュを注文しました。その時には「僕は小学6年生です。レモンスカッシュでお願いします。」と言い、お店の方は笑っておりました。

それにしても、山のような宿題...。ご先祖様はどう思っていらっしゃるでしょう。

「孫たちも大変だな。でも、自分で選んだ道なら頑張れよ!」

そうですね。自分で決めたのだから、頑張るしかないですね。誰にだって無理をするべき時ってあると思います。そうやって一つ二つと山を越えて成長していくのだと思います。

「無理」は、しなくてもよい時はしないほうが良いですが、自分を超えようとしている時は、ある程度の「無理」も必要だと思います。

「無理」というより「まだ超えたことのない大きな山を超える」と言った方がわかりやすいかもしれません。

受験勉強も、仕事も、スポーツも、そして婚活も。

婚活でいえば、「どうして私をわかってくれないの」「どうして私の約束よりも仕事を優先するの」「どうして私を大事にしてくれないの」という「自分中心の考え方」から、「感情的にならず冷静に自分の気持ちを伝えてみる」「相手を信じる」「傷付くことを恐れない」「相手を理解する」というように「相手中心に考えられる」ということが大きな山のひとつかもしれませんね。

私にとってのまだ超えたことのない大きな山は「子供の失敗を恐れずに信じても見守ること」かもしれません。

それぞれのお盆休み、お互いに頑張りましょうね!

年老いた親の気がかり

こんにちは。横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジールの渡辺智美です。

8月4日に、俳優の津川雅彦さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

津川雅彦さんには、妻で女優の朝丘雪路さんとの間に、お嬢様がお一人いらっしゃいます。
津川さんは、そのお嬢様をとても大切にされていて、お年頃になってお嬢様に恋人ができると、その恋人にダメ出しばかりされていたそうです。
お嬢様曰く「完璧な人を連れてきても文句を言う」のだそうです。
津川さんは「当たり前だ!父親っていうのは娘の恋人はみんな大嫌いだ!」とおっしゃっていました。

そして20年程が経ち、津川さんがお亡くなりになる直前の6月、津川さんは「徹子の部屋」にご出演なさっていました。朝丘雪路さんがお亡くなりになった後でした。
そして、このようなことをお話しされていました。

「妻が認知症になり、僕が先に死んでしまったら娘に妻を任せることになる。それはできないと心配していた。しかし妻は、僕より先に亡くなってくれた。感謝している。」
(お嬢様はその時43歳になっていらっしゃいました)

そして

「僕が死んでも、娘が結婚でもしてくれていたら安心なんだけど。もう43歳だから。」
(この時点では、お嬢様は独身でいらっしゃったようです)


これは、津川さんのご家庭だけではなく、よくあるパターンです。
若い頃は「結婚してほしくない」「いつまでも、自分の可愛い娘でいてほしい」そう思うのは仕方が無いことかもしれません。

しかし、親が寿命を迎えるころになると、それが後悔や心配の種になるのです。
「いつまでも自分の可愛い娘」でいてくれた結果「娘を一人残して死んでいく」という、ご自分の心残りになってしまうのです。


よくある大手の結婚相談所は、お見合い相手のお顔も見ることができなかったり、数名のお相手のデータが送られてくるだけだったりするようです。また、身元確認も住民票程度のようです。そして、お見合いや交際のお世話をすることもないようです。
ですから、特に女性は「この人は本当に独身なんだろうか」「遊び相手を探しているのだろうか」と疑心暗鬼になりながらの婚活をすることになり、苦労が絶えないようです。さらに、親身になって相談することもできないようです。

当結婚相談所は、日本結婚相談所連盟に加盟しており、加盟相談所は、必ず会員の身元調査「独身証明書」「収入証明書」「社員証」「住民票」等の提出を徹底しております。

そして、お見合いや交際中も、専任の仲人と常に連絡を取ってお話をすることができます。
この時に仲人は、必要に応じて、いくらでもアドバイスをさせていただきます
そこが、私たちのメインの役割です。ただお相手を紹介するだけ、ということではありません。

結婚したいのに結婚ができないという多くの独身の方は、ご自分の良いところを上手くお相手に伝えることができないまま、誤解をされるような言動をしてしまっていることがあります。簡単に言うと、コミュニケーションが苦手になってしまっているのです。

もし、独身のご子息やお嬢様をご心配されているお父様、お母様がいらっしゃいましたら、ご両親様からのご相談も承っております。
お気軽に、お問い合わせください。

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夫も子供も喜ぶ定番料理「手作り餃子」
子供には「とろけるチーズ」を入れて

枝垂れ桜に込められた思い

こんにちは。横浜駅直結「理想の結婚ができる結婚相談所」サロンドマリアージュ横浜プレジール渡辺智美です。

昨日は、広島平和記念日でした。

我が家も一度だけ、広島の世界遺産を巡る旅と称して、「原爆ドーム」「厳島神社」を訪れたことがあります。2月初旬の1泊2日の慌ただしい旅でした。

しかも夫には、その旅の途中で「九州の小倉で開催されている学会に参加する」という凄まじいオプショナルツアーが組み込まれておりました。

他にも、
当時小4の息子の希望により「交通手段は飛行機で、JALのクラスJに座りたい」
  〃          「カキが食べたい」
私の希望により「瀬戸内海が一望できるホテルがいい」
  〃    「アナゴ飯が食べたい」
  〃    「広島焼が食べたい」
当時中1の娘により「なんでもいい」

という、家族それぞれの希望を盛り込んだ、忙しい旅となりました。

私たち家族は、6:40羽田発の「JAL・広島行き・クラスJ」に、偉そうに席を陣取り、広島へ向かいました。
飛行機が大嫌いな娘をよそに、飛行機が大好きな息子は、座席に座った感覚をゆったりと味わっています。とは言っても、クラスJとは、プラス¥1.000で乗れる、やや広めの座席というだけで、特段の何かがあるわけではありません。

8:10に広島空港に着くと、バスに乗って市街地へ向かいました。新幹線なら降りてすぐなのに、飛行機というリクエストのために、30分ほどの余計な時間を要しました。

以下は、我が家の弾丸旅行の実際の日程です。

① 9:30路面電車に乗り、「原爆ドーム」
② 11:10「ひろしま世界遺産航路」にて「厳島神社」へ(45分間の船の旅)
瀬戸内海に浮かぶ小さな島々や、カキの養殖などを遠くから見学

③ 12:00宮島で「アナゴ飯」と「カキ」の昼食
「厳島神社」見学
⑤ 13:30【夫】宮島フェリーの乗り口へ。宮島口⇒JR広島駅⇒小倉(学会に参加)
⑥ 【私と子供たち】再び宮島観光(鹿・もみじ饅頭・きれいな海・お土産)
⑦ 15:00【私と子供たち】瀬戸内シーラインにて宿泊先ホテルへ
⑧ 【私と子供たち】ホテルに面した海岸でカキの殻を拾って遊ぶ
⑨ 17:30【私と子供たち】広島焼の夕食(息子が食べきれずに残りをテイクアウト)
⑩ 20:00【夫】小倉から広島へ戻り、息子の残した広島焼を夕食にいただく。

翌日は、ゆっくりと朝食をとりチェックアウトをすると、バスを乗り継いで再び広島空港へ向かいました。

そして、13:25広島空港発、14:40羽田空港着で、帰路につきました。
犬のみっちゃんがお留守番をしているので、我が家の旅行の帰宅はいつも早いのです。

結婚前は誰しも、一緒にいる時間はきちんと確保してほしいと思いがちですが、結婚してみるとわかります。仕事をする男性というのは、とても忙しいのです。
ですから、自分との約束を守れなかったからと言って怒ったり拗ねたりするのは厳禁です。
男性は「面倒くさい奴だな。仕事優先に決まってるだろ」と思って当然です。
仕事をして、家族のためにしっかりとお金を稼ぐことが、男性にとっては家族を思うことなのです。

今回は、始めから旅行を抜けることがわかっていた旅ですが、我が家では、普段から遊びに出掛けている途中に呼び出されてしまうということが度々ありました。

季節外れですが、ある年の春、「桜が満開だ!お花見に行こう!」と準備を終えて玄関で靴を履いている時に、仕事に呼ばれてしまったことがありました。
小さい娘と私は、心底がっかりして、二人だけで出かける気力がわきませんでした。
夫が帰宅したのは夜中でした。
そして朝、目が覚めると、こんなものが置いてあったのです。
sidarezakura (2).jpg
夫が帰宅して夜中にせっせと作ったのでした。
夫もお花見に行きたかったのでしょうし、がっかりしたのは夫も同じでした。
自分ががっかりし過ぎると、そういう相手の気持ちまで考えが及ばないことってありますよね。

この、手作りの枝垂れ桜を見ると、そんなことを思い出し、今まで捨てられずに取っておいてしまいました。

第一印象も素敵な男性

こんにちは。「横浜駅直結・理想の結婚ができる結婚相談所」の渡辺智美です。

先日、同年代の主婦、女性起業家の友人たちと、納涼会と称して皆さんでお酒をいただきました。

その中のお一人が、ある起業のセミナーに参加したときに出会った、あるカウンセリング業の方のお話しをしてくださいました。その方は、このようなことをおっしゃっていたそうです。

「日本の女性は、いくつになっても綺麗でいられるように努力をしている方が多い。しかし、男性についていえば、せっかく素晴らしい内面を持っているのに、外見や第一印象での魅力が足りずに誤解をされてしまう方が多い」

私も同感です。お見合いでは、第一印象はとても大切なのです。お見合いをした会員様の幻滅する気持ちを「一度会っただけではわからないから、とりあえず仮交際ということにして、もう一度会ってみて。お断りするのは、その後でもできるから。悪い人ではないと思うよ。」
と、説得するのは、実は至難の業なのです。

最初に会った時に「ワクワクしなかった方」と、もう一度会おうというのは、エネルギーがいるのです。そして、もう一度会ったとしても、マイナスからの交際です。よっぽど努力して挽回しなければなりません。(しかし大抵の男性は、気に入ってもらえたと思って、テンションを上げて初デートにやってきますが...)

私はこのように、女性会員様には「どうしても嫌じゃなかったら仮交際につなげる」というようにアドバイスをしております。そして殆どの仮交際は、この流れです。
「とても素敵な方でした」というのは、実はとても少ないのです。

それでも、数少ない「とても素敵な方でした」と女性会員に言わせた男性の殆どは、「レディーファースト」の精神を持っている方でした。
女性は「こんな私でも、大事に優しく接してくれました」ということをおっしゃるのです。

結婚を前提としたお見合いでは、結婚生活についての具体的なことが気になるのはわかりますが、まずは「一緒にいて心地よかった」は、とても大切だと思います。

仮交際に発展し、何度も会う中で、男性が気になる「料理の腕はどれくらいなのか」などを知っていけばよいと思います。
お料理は、本やネットで調べれば、誰でもある程度はできます。そんなに焦らなくても大丈夫です。(もちろん、それは男性に向けたアドバイスで、女性は努力をしましょう。)

結婚を意識し過ぎないで、まずは「人」対「人」としての距離やマナーを忘れずに、お相手と接してみてください。
そして、交際を進めていきながら、お互いの内面を知っていきましょう。

焦りは禁物です。

実はその方が結婚への近道であることは確かです。

そのための第一印象(外見、立ち居振る舞い、マナー、思いやり)には、是非、気を付けてみてください。

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「たまには気取った時間も大切」

動物たちが私に教えてくれたこと 最終回  

こんにちは。横浜駅直結 幸せな結婚ができる結婚相談所の渡辺智美です。

ブログ読者のリクエストにより、本業の内容はお休みして、動物のことを書いています。

愛犬みっちゃんの遺言により、犬のユリとタロウ、猫のアレンとアリーを我が家に迎え、新しい生活が始まりました。

まず、驚いたことは、ユリのドッグフードの食べ方です。お皿にドッグフードを入れて床に置く前に「ガルル」と言いながら食いついてきます。そしてがむしゃらにドッグフードを全部口の中に入れていきます。それから、むせながら無理やり飲み込んでいくのです。

そして、猫たちが落ちていた何かを拾おうとすると、「ガルルルル~」と怒りながら、ものすごい形相と勢いで噛みつき、その落ちていたものを食べようとするのです。
ユリは、狭い檻の中で、そうやって生き残ってきたのでしょう。私には、そんなユリの隣で息絶えている他の犬の様子が見えるようでした。たった一粒のドッグフードさえも拾って食べることができるかに、生きるか死ぬかがかかっているのでしょう。ユリは気が強く、そうやって他の犬を差し置いて生き延びたのです。

タロウが我が家にやってきた初日は、なんと一晩中徘徊していました。異常にオドオドとした表情で、所在なさげに一晩中歩き回ったのです。
翌朝になると、さすがに疲れたタロウは、崩れ落ちるように横になり、眼を閉じました。しばらくは眠りも浅く、寝たり起きたりを繰り返していましたが、少しずつ眠る時間も長くなっていきました。そして、オドオドすることもなくなり落ち着いていきました。
タロウのドッグフードの食べ方も、ユリと同じでした。
タロウは、歯並びが悪く、そのためにひどい歯槽膿漏でした。抜けてしまった歯も多く、殆ど噛むことができませんでした。ですから、ジャーキーなどのおやつも柔らくて小さいものを与えました。タロウの歯磨きは、夫に担当してもらいました。そのせいなのか、タロウは未だに夫に慣れません。夫が近寄ると、眼をむいて吠えます。引き続き歯磨きは夫にしてもらうことにしました。

arenntoari.jpgアレンとアリーは、エジプト出身の猫なので、暑いところが大好きです。しかし、運の悪いことに、彼らが生まれたとき、日本は真冬だったようです。どのようなところで放置されていたのかはわかりませんが、風邪をひき、治療もされないまま、そして寒い状態のまま、その冬を檻の中で越したようでした。きっと二匹は身を寄せ合い、体を温め合って乗り切ったのでしょう。今でも、二匹で病院へ行き、アリーの目(右目が眼球破裂で見えません)を診てもらおうとキャリーバッグからアリーだけを出そうとすると、必死にアレンが前足でアリーをつかんで離しません。「やめろ!俺たちを引き離すな!こいつは俺がいないとダメなんだ!」アレンはそんな気持ちだったのかもしれません。何とも言えない切ない光景でした。やはり、この兄弟は、お互いに支え合って生き延びてきたと思わざるを得ませんでした。

アリーはなかなか人に近づこうとしませんでした。目の治療をされたことがトラウマになっているようで、人が近付くと、サッと逃げていきます。また、片目だからなのかはわかりませんが、アレンほど機敏ではありませんでした。

アリーとは真逆に、アレンはとても人懐こい猫でした。家に来た翌日から「俺たち家族だよな。俺たちをよろしくな。」というように、家族一人一人に擦り寄ってはゴロゴロと喉を鳴らしていました。私は「私たちは家族だよ。こちらこそよろしくね。兄弟を離したりは絶対にしないよ。安心してね。」と答えました。

yurinisuriyoruari (2).jpg思いのほか凶暴な犬のユリに、初めに近づいていったのは、なんとアリーでした。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、ユリに擦り寄っています。それまで犬同士は生きるか死ぬかの敵同士でしかなかったユリは、他の犬と仲良くしたことなどありません。アリーは猫なので、ユリにとっては初めての異種動物の交流です。ハードルが高すぎます。ユリは、「えっ、何?」といった困惑した表情でどうしたらよいのかわからずに、すごすごと逃げていきました。
今でも、アリーの、ユリへの「仲良くしようよ~」アタックは続いています。相変わらずユリは「えっ、何?」状態で逃げています。

私は、アリーは、ユリがメスだから「可愛い」とでも思って擦り寄っているのかと思っていましたが、そうではないようでした。
tarounokedukuroiwosuruari (2).jpgアリーは、タロウにも近寄っていきました。タロウが寝ていると「お前も大変だったな」というように、タロウの顔をなめています。やはりタロウも「えっ、何?」というような表情で戸惑っていましたが、何度かそうされるうちに「あ、あれね、なでてくれるやつね」というような様子で、無理やり目を閉じてじっとするようになりました。お世辞でも心地がいいという様子ではありませんが、アリーからの気持ちを受け取っているといった様子でした。

ユリとタロウの2匹は、人や犬同士で遊んだことがありません。しかし、ユリはガルガル言いながら暴走して走り回ることが、タロウはおなかを出して前足をバタバタさせることが、楽しいという気持ちを表している動作のようです。賢いアレンとアリーは、そのことを理解したようで、ユリとタロウがそうし始めると、近寄って前足で触って、一緒に遊んでいるようでした。

私は、みっちゃんと過ごした日々から、動物の心を想像することができました。人間以外の動物にも、人間と同じように、いえ、それ以上に純粋な心があることを知ったからです。

そして私は、子供の頃に飼っていた動物たちに謝りたい気持ちでいっぱいでした。

私が喘息と言われて飼えなくなった「クマ」。
(タマは老衰だったようです)
子供の頃だけ可愛がり、家を出る時に挨拶もしなかった「ロッキー」。
「ユウタ」にも挨拶もせずに家を出ました。二匹はそのまま死んでしまいました。
ユウタや私を気遣って自ら家を飛び出した「シッポナ」。よその家で飼われていればよいのですが、そのまま野良猫になったかもしれません。
そして、仲良し家族だった十姉妹もセキセイインコも、守ることはできませんでした。

みんな本当にごめんなさい。
やり直せるのなら、今の私なら最後まで責任をもって愛情を注げる。
やり直したい。それが無理なら、せめて次に生まれ変わることがあるなら今度は幸せになってほしい。
勝手ではありますが、私は常にそう思っておりました。

「そんなに後悔しているのなら、もう一度チャンスをあげるよ」
「君がそう思っているのなら、僕たちは何度でも君のこところに行くよ」
「そして僕たちにも愛情を教えてよ」

「クマ」「ロッキー」「ユウタ」「シッポナ」・・・。
「ユリ」「タロウ」「アレン」「アリー」・・・!

私は今まさに、過去の後悔を、この保護犬猫を通してやり直せるチャンスを与えられているような気がしました。。
もちろん、あの時の「クマ」「ロッキー」「ユウタ」「シッポナ」ではありませんから、自分本位で、全く都合の良いこじつけで、自己満足で勝手な考えだということは承知のうえですが、ふと、そんなことを思ったのです。

動物たちが私に教えてくれたこと。

それは一言では言えないくらい、大きくて、人としてとても大事なものを、私は動物たちとの全ての出来事から考えさせられ学ばされました。

yuritoari (2).jpgそして、動物たちが私たち人間に教えてくれようとしていることは、決して押し付けではありませんでした。
ただ健気で純粋で、ひたすらに生きている姿から、時間をかけて、自然に学ばされたのです。

ですから私も、読んでくださった方に「こんなことを教わりました」とは書くことはできません。

感じ方は人それぞれであると思うのです。

動物たちから何か少しでも感じとってくださったなら、ここに登場したみんなも、きっと喜んでくれると思っています。
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動物たちが私に教えてくれたこと part 3

こんにちは。横浜駅直結の幸せな結婚ができる結婚相談所の渡辺智美です。

ブログ読者の方からのリクエストにより、本業についてのブログはお休みをして、動物のことを書いております。

odayakanamicchann (2).jpg愛犬みっちゃんと、育児の毎日を乗り切った私ですが、子供の手が離れた頃、みっちゃんは私に遺言を残して息を引き取りました。

息を引き取った翌日に火葬し、あっという間に我が家からみっちゃんの姿が消えてしまいました。
夫や子供たちが学校へ行ってしまうと、家の中は私一人です。ペットを亡くした人が誰でも通る道がそこにはありました。

「なんでもっと早く体調が悪いことに気が付かなかったんだろう」
「あの時みっちゃんはサインを出していたのに、どうしてすぐに病院へ連れて行かなかったのだろう」
「みっちゃんは死を迎える状態だったのに、元気になると思って無理やり歩かせてしまった」
「みっちゃん、最後に辛い思いをたくさんせてしまって本当にごめん」
「体が辛いのに、私の為だけに頑張って生きていてくれていたんだね、ありがとう」
「死ぬときまで私のことを思ってくれて、ありがとう」
「私を置いて行かないでなんて、困らせること言ってごめん」

micchannyokogao (2).jpg「後悔」と、「ありがとう」と、「ゴメンね」の繰り返しです。
みっちゃんはあの世からこんな私を見て「もう、困っちゃう」と思っているだろうとは思うのですが、この気持ちを止めることはできませんでした。
「向こうの世界で楽になって快適に暮らしてね」と、いくら願っても、私がこんな状態では心配で楽になどなれないこともわかっていました。

一か月が過ぎた頃、「可哀そうな犬を飼ってあげて」というみっちゃんのメッセージを行動に移そうと、保護犬を譲渡しているところを探して行ってみることにしました。

そこへ行ってみると、保護された犬のほとんどは、繁殖施設の想像を絶するひどい環境の中で約7~8年の長い間、最低限のドッグフードと水だけを与えられ、何度も何度も出産をさせられたメス犬や、ただただ繁殖のために狭い檻に閉じ込められていたオス犬たちでした。
たちは、使い果たされて役に立たなくなると、生き残っていればですが、保護団体に連れてこられるのでした。
どのも、保護されたときは棒のようにガリガリだそうで、ドッグフードを与えると、見たことのないような勢いで飲み込みます。病気も放置されているので、保護されるとまず、充分な栄養、治療、そして避妊手術・去勢手術を施されて譲渡会に出されます。
そのほかにも、ひどいアレルギーの犬や、全身火傷を負ったもいました。

小さい頃からぺットとして大事にされて育ったたちとは、まったく別のたちでした。

みっちゃんは、とても立派なブリーダーのところで生まれたでした。両親、祖父母もはっきりしていて、とても大事に生まれて育ったのでした。
しかし、その後のペットブームは、このような酷い、生き物を生き物と思わない繁殖を広げていったのです。その被害を直接受けた不幸な犬たちが、私の目の前にたくさんいるのでした。

私は、「みっちゃんをペットショップで、犬種で選んだ」あの時とは全く別人になっていました。それは、私とみっちゃんが毎日暮らす中で、「ミニチュアダックスフントだから」「綺麗な毛並みだから」「健康だから」などどいうことは、全くどうでもよいことになっていたのです。

「もし、生まれ変わってもう一度巡り会えるのなら、みっちゃんがどんなに汚い病気のだったとしても、私は必ず探し出すからね。あの日、ペットショップで出会えたように、またみっちゃんを見つけるからね。そして、また一緒に仲良く暮らそうね」

私は、みっちゃんと、心の中でそんな約束をしたのです。

私は、子供と話し合って、犬2匹猫2匹を引き取ることに決めていたので、今の私でも責任をもって最後までお世話をすることができる状態の保護犬猫を連れて帰ることにしました。

トイプードル・メス・推定7歳 ⇒ 「ユリ」
アビシニアン・オス・推定8~9か月 ⇒ 「アレン」
アビシニアン・オス・推定8~9か月・右目が眼球破裂で永久にケアが必要 ⇒ アリー

もちろん、保護犬猫たちには名前さえもありません。保護団体が仮名をつけて呼んでいたので、私は家族みんなと心を込めて名前を付けました。

yuritohone (2).jpg>ユリは、元気いっぱいだったので、多頭飼いでも大丈夫ということで連れて帰ることにしました。

arentoari (2).pngアレンは、どのを連れて帰るか困っている私に、プライドを気にしながらも「頼むから俺たちを連れて帰れよ。」と、じっと私の目を見つめて訴えてきたのです。私は「わかった」そう心の中で返事をして、アレンとアリーを兄弟で連れて帰りました。2匹は檻の中で身を寄せ合って、お互いに守り合っているように見えました。2匹は、どうやら売れ残りののようでした。

そして3匹の生活が落ち着いた頃、

taro (2).jpgミニチュアダックスフント・オス・推定8歳 ⇒ タロウ

を連れて帰りました。タロウは、異常にオドオドとしたで、人が近付くとものすごい勢いで逃げていきます。落ち着かない様子で、所在なさげにウロウロと徘徊していました。

次回は、最終回です。新しく迎えた4匹との生活を書きます。

動物たちが私に教えてくれたこと part2

こんにちは。横浜駅直結の幸せな結婚ができる結婚相談所のサロンドマリアージュ横浜プレジールの渡辺智美です。

ブログ読者のリクエストにより、本業のお話はお休みして、動物のことを書いております。

前回の続き
産まれたときから、たくさんの生き物と過ごしてきた私でしたが、一生独身の予感から、久し振りに再び犬を飼うことにしました。

「一生結婚しないだろう」と結婚を諦めた私は、失意のまま近所のペットショップに足を運びました。その時はどこまで本気かわからないまま、とりあえずペットショップを見に来たという程度でした。
当時はミニチュアダックスフントが大流行で、そのお店で売られている犬の半分はミニチュアダックスフントでした。
「このワンちゃんを抱っこしてもいいですか?」
私が始めに選んだ犬は、水玉模様の変わったダックスフントでした。
「広尾とか高級住宅街では流行っているんですよ、このダップルのダックス」
そう言われましたが、抱いてみると元気がなくておとなしく、私は心配になってしまいその犬はガラスケースに戻してもらいました。
そうして3匹目に抱っこさせてもらったのが、みっちゃんでした。みっちゃんは、赤茶色一色のつまらない色だったので、始めは興味がなかったのですが、3番目に抱っこしてみることにしました。みっちゃんは5匹いた兄弟の中では最後の1匹でした。寂しかったのでしょうか。誰に抱っこされても思いきりしっぽを振って大喜びします。
「この子だったら仲良くなれそう」
私はそう言って、みっちゃんをペットとして迎えることにしました。

当時、仕事をしていなかった私は、毎日みっちゃんと近くの大きな公園で過ごしました。犬友達もでき、毎日毎日、私とみっちゃんはただ楽しく、一緒に過ごしました。
始めは、犬のしつけなどもありますから、私は人間が上、みっちゃんは犬だから私の下、と意識していました。しかし、どう考えても私とみっちゃんに上下関係らしきものはありません。ただ、信頼関係があるだけです。しかし、私たちは人間世界の中で生き、みっちゃんはペットとしてその人間世界に入ってきた犬ですので、私が責任をもってみっちゃんを守るということは明確でした。

一年後、私は無事に結婚し、みっちゃんと一緒に嫁入りすることになりました。私たちは、渡辺という姓になったのです。
しばらくは、みっちゃんと私と夫の3人の生活が続きました。
夫も子供の頃にを飼っていたのですが、やはり、その頃ですと私たちは犬についてよくわかっていなかった時代だと思います。夫は、ソファでくつろぐみっちゃんに下に降りてほしい時、パシッと軽くたたくのです。みっちゃんは「えっ、何よ」という表情をしています。私は夫に「なんで叩くの?」というと夫は「だから叩かないとわからないから」と言いました。「そんなことないよ。『どいて』と言ってみて」夫は半信半疑で「みっちゃん、どいて」というと、みっちゃんはすっくと立ちあがりソファを下りました。夫は驚いていました。

やがて、最初の赤ちゃんが生まれると、みっちゃんはベビーベットの隙間から思いきり鼻をグイグイ入れて、「ねえ、私にも触らせて!!」と言ってるようでした。私は、初めての赤ちゃんだったので、みっちゃんと言えども動物と接触することは避けていました。
ある時、赤ちゃんをベビーベッドに入れずに、自分のベッドに寝かせて少しだけ離れたことがありました。すぐにもどってくると、赤ちゃんの上から覆いかぶさるようにして、みっちゃんがベロベロとものすごい勢いで舐めていました。すぐに二人を引き離しましたが、しばらくするとみっちゃんは決めた人形を自分の赤ちゃんに見立てて離さないようになりました。おっぱいも出るようになっていました。

夫は休みも返上して朝から夜中まで働いておりました。私は初めての育児に緊張し、くたくたに疲れていました。ある日、子供をやっと寝かしつけ、ソファにドカッと座ると、急に寂しくなりました。ものすごい孤独感に包まれたのです。何もできない赤ちゃんのすべてが、この私だけにかかっている。休みたくても休むことすらできない。誰かと赤ちゃんのお世話の大変さについて共感することもできない。普通の会話もほとんどしてない。涙が出てきました。すると、私の顔を覗き込むようにして、スーッとみっちゃんが目に前に現れました。私の様子をうかがっているようです。そして、ぴょんとソファに乗り、ゆっくりと私の膝の上に座りました。私の顔を見つめています。ふと「ママは一人じゃないよ。みっちゃんがいるよ」そう聞こえたような気がして、「みっちゃん、そうだったね。私にはみっちゃんがいたね。私は一人じゃないね。」そう言って私はみっちゃんを抱きしめて泣きました。それからは、私は寂しくなくなりました。疲れたときは「みっちゃん、疲れたよー」そう言って話しかけては、みっちゃんの優しくて柔らかい毛を撫でました。そうすると、スーッと楽になりました。私が疲れていると、みっちゃんの方から「ママー、みっちゃんの毛、触っていいよ」とぴょんと膝に乗ってくることもありました。私は「ありがとう。私を慰めてくれるのね」そう言って時間の許す限り、みっちゃんの毛を撫でていました。

二人目の赤ちゃんが生まれると、みっちゃんは積極的に育児に参加するようになりました。赤ちゃんが泣いても私がすぐにいかないと、「ママ、赤ちゃんが泣いてるよ」と私を呼びに来て誘導します。私がお世話をするのを見届けると、安心したように離れていきます。
ハイハイするようになると、一緒に隣を歩きます。涙やよだれが流れると、ぺろぺろと舐めて拭きとってくれました。おむつが汚れると、クンクンと匂いを嗅いで、私の顔を見ます。「みっちゃん、わかったよ。おむつ変えるね」私はそう言っておむつを替えていました。

上の子が中学生に、下の子が小学校高学年になり、子供に手がかからなくなった頃、みっちゃんは突然体調を崩し、何度も意識を失いました。そのたびに動物の救急病院に連れていき、なんとか命をつなぎました。みっちゃんは15歳でした。私のこともわからなくなっていました。私は「私の寿命を少しでもみっちゃんに上げられるならお願いします」と神様仏様にお願いし、闘病生活が続きましたが、半年後のある日の朝方、目が覚めると、みっちゃんが私の顔をじっと見つめていました。急に私のことがわかるようになったようです。力ない様子で「ママ、隣で寝てもいい?」そう言っているようでした。そして「私、もう行かなくちゃ」そう言っているような気もしたのです。「みっちゃん、おいで」そうして久し振りにくっついて横になっていると、みっちゃんの体が急に熱くなってきました。私は慌てて病院に連れていきました。病院では「半日かけてゆっくり点滴をします。終わったら呼びますから帰宅してお待ちください」と言われ、後ろ髪を引かれる思いで帰宅しました。3時間ほどたった頃、「みっちゃんの息が止まった」と連絡があり、走って病院に向かいましたが、すでに息を引き取っていました。「みっちゃん、無理させてゴメンね」そう言った後、待合室で体を綺麗に整えるのを待っていた時でした。「パパを責めないで。私は幸せだったから。可哀そうな犬を飼ってあげて」はっきりとそう聞こえたのです。
3日ほど前に夫が浴室のドアを閉めていなかったことから、徘徊していたみっちゃんが蓋の開いていた排水溝に足を踏み外してもがいていたことがあったのです。そして、子供と私は、引退した盲導犬や保護犬をテレビで見るたびに「飼いたいね」と話していたのです。

みっちゃんが息を引き取ったのは、ちょうど土曜日でした。火葬をいつにするのか考えたとき、明日にするか一週間後にするかでした。明日なんて、急すぎる、そう思いましたが、季節は夏で、一週間も家には置けず、翌日に火葬することになりました。
私たち家族4人と1匹は一緒ならんで眠り、最後の夜を過ごしました。

みっちゃんが息を引き取ってから、二日ですべてが終わりました。それは潔いほどあっという間でした。私には、みっちゃんがいつまでも自分の死を引きずって欲しくないという意思の表れのように感じました。

次回は、いよいよ保護犬猫との出会いです。
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みっちゃんと下の息子

動物たちが私に教えてくれたこと part1

こんにちは。
サロンドマリアージュ横浜プレジール 結婚コンサルタントの渡辺智美です。

今日は、ブログを読んでくださっているある方のリクエストにより、私のブログにたびたび登場する保護犬猫について書きたいと思います。
まずは、私と動物たちとの出会いから書きたいと思います。

私が生まれたとき、我が家には「クマ」という大きな犬がいたそうです。母によると、私は母にこのクマの背中に乗せられて遊んでいたそうです。私は全く覚えていません。
ある日、私が喘息のような症状が出たので病院へ行くと「犬の毛が原因です」と言われ、クマを飼うことができなくなってしまったそうです。

幼稚園入園前だと思います。我が家には「タマ」という白い猫がいました。その頃には私の喘息は治っていたのでしょう。タマは、少し遠くから助走をつけて走ってきては、ピョーンと人の胸に飛び込んで抱っこしてもらうのが大好きでした。お友達が家に遊びに来ると、お友達にも同じようにしていたので「キャー!!」とびっくりさせてしまうことがありました。

小学校時代は、小鳥をたくさん飼っていました。最初の一羽は、うちの玄関に片足の指の無い十姉妹がやってきたことから、「ジュウちゃん」と名付け、鳥かごを準備して飼うことにしたのです。止まり木は、指の無いジュウちゃんでも止まりやすそうな、ギザギザしたプラスチック製の物を買いました。ジュウちゃんは、指の無い足を、そのギザギザを滑り止めにしてとまっていました。
しばらくすると、お隣でつがいで飼っていた十姉妹のうちの一羽が死んでしまい、残った一羽を飼ってみないかと言われ、ジュウちゃんのかごに入れました。どちらもオスなのかメスなのかわかりませんでした。
二羽はくちばしでつつきあっては毛づくろいをしたりして、いつもくっついて仲良くしていました。そして卵を産んでは、ヒナに孵し、気が付くと10羽ほどの大家族になっていました。二羽はちょうどオスとメスだったのです。

そしてまたある日、家の玄関に、今度は薄緑色のセキセイインコがやってきたのです。
このセキセイインコには、ペットショップで買ってきたもう一羽を家族にしました。
すると、またまた家族が増え始め、あっという間に鳥かごが3つほどになってしまいました。私は、ヒナに餌をあげたりして子育てのお手伝いをしました。

ある時、家の軒下に鳥かごをぶら下げたまま出かけると、野良猫がジャンプをして鳥かごを落としたのか、全部の鳥かごが下に落ち、バラバラになっていました。もちろん鳥たち家族は一羽もいなくなっていました。
鶏も飼っていましたが、私の目の前で野良猫に連れていかれたこともありました。

中学生の時にまた犬を飼い、ロッキーと名付けました。小さい頃は可愛がっていたのに、段々とお世話をしなくなり、母が面倒をみていました。当時は気が付かなかったのですが、今思えばロッキーはとても賢い犬でした。一緒に公園に行き、私がブランコに乗っていると「帰ろうよ」と言います。私が無視をしていると、ロッキーは一匹で家に帰って行ってしまいました。リードはどうしていたのか詳しくは覚えていないのですが、暗くなりそうになった頃、ロッキーはリードを加えて公園に私を迎えに来てくれました。「さあ、これで僕をつないで一緒に帰ろう」そう言っていたのだと思います。
私は就職し、ロッキーに特に挨拶もせずに家を出ました。1年後に家に帰ると、ロッキーは病気で、私が近付いて手を差し出すと、「グルグル」と鳴いて怒っているようでした。
ロッキーは元気になることはないまま死んでしまいました。

時間は遡りますが、高校生の頃に再び猫を飼いました。ユウタと名付けました。ユウタはふてぶてしい顔の強い猫だったと思います。外で他の猫と喧嘩をしては、ひっかき傷を作って帰って来ます。ユウタは私に傷を見せに来ますので、私は手当てをしていました。

ある日、家の裏で子猫の泣き声が聞こえ続けました。私は放っておくしかないと思っていたのですが、母が連れて帰ってきてしまいました。そしてシッポナと名付けて飼い始めました。シッポナは、毎日とても楽しそうで、一日中私たち家族に絡みついていました。

ところが、その裏でユウタがグレてしまったのです。
ユウタは家に帰ってこなくなり、ご近所の決まった家の中で過ごすようになりました。いつもその家から電話がかかってきては、母が迎えに行き謝っておりました。ユウタはおなかがすくと帰って来ますが、私が抱っこしようとすると、ものすごい剣幕で怒り狂い、めちゃくちゃに引っ掻きました。ユウタは手に負えないくらいの不良となってしまったのです。

ある日、この状況を何とかしないといけないと、私と母で話し合いをしました。私は、始めから飼っているユウタを大事にするべきだからシッポナは新しい飼い主を探そうと言いましたが、母はユウタよりもまだ子供で愛らしいシッポナを飼いたいと言いました。私は「それはひどい」と言って怒りました。ふと見ると、テーブルの下でシッポナが耳をピクピクさせて、この会話を聞いています。そして、意を決したように家を飛び出していってしまったのです。まだ小さい子猫でした。私たちは何日もシッポナを探しましたが、見つけることはできませんでした。

私はこの出来事で初めて、犬や猫にも人と同じように、気持ちや感情があることを知ったのです。

シッポナが家を出ていったその日を境に、ユウタはコロッと変わりました。あんなに荒れていたのに、「ゴロニャーン」と鳴いて、以前のように甘えてくるようになったのです。

私は、就職をしたと同時に一人暮らしを始めましたので、その後は動物を飼うことはありませんでした。
しかし、現在の夫とまだ交際中だった頃に、自分は結婚はしないだろうと思ったことがあり、再び犬を飼うことになったのです。犬を人生のパートナーにして生きていこうと考えたのでした。

それが、ミニチュアダックスフントのみっちゃんとの出会いのきっかけでした

長くなりましたので、続きは明日にしますね。
明日は、みっちゃんとワンオペ育児の私の毎日から続きを書きます。

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私の支えになってくれたみっちゃん

恋愛結婚とお見合い結婚

こんにちは。サロンドマリアージュ横浜プレジール結婚コンサルタント渡辺智美です。

お見合いで結婚するということは、平均交際期間4.5年で結婚する恋愛結婚より、確かに短い期間で結婚はできますが、その分努力も必要ですし、ハードルは高いかもしれません。

恋愛結婚の場合ですと、わかりやすい極端な例では「夢があるから収入はバイトのみの男性」でも、お相手の女性が「夢を追いかけてください。私が働いて養います」ということもあるでしょう。
「お料理もお掃除もできません」という女性でも、「僕も頑張るから一緒に覚えよう」という男性であれば問題ないかもしれません。

恋愛結婚では、お互いに好きになってしまい、その先に結婚があるので、「二人が一緒にいられる」というだけで結婚するのに充分なのです。

ところがお見合い結婚では、そういうことを始めから期待して結婚しようというのは、甘い考えということになってしまいます。

もちろん、お見合い結婚でも「お人柄が大事」ではありますが、生活力がないのに結婚しようとしているということは、相手に依存するつもりであると思われても仕方がありません。
お互いに協力して生活していこうという考えが見られないということです。

ですから、お見合い結婚では、ある程度は結婚生活ができる人に出来上がっていることが前提と考えてもよいでしょう。ですから、一昔前までは「花嫁修業」という言葉がありました。

お見合いでは、「好き」という魔法がかかっていないので、シビアに「結婚相手=生涯を共にするパートナー」としてしっかりと見られるのは当然です。

そこでですが、婚活を通してのあなたの言動を、あなたの感情を振り返ってみてください。
それは、そのままあなたの本当の姿です。その本当の姿は、他人と生活を共にしたときに問題となるものはないですか。

「相手の悪いところばかり見つけては馬鹿にする」
「フラれては拗ねて根に持つ」
「自分に便利な人か見定める」
「自分の思い通りでないと怒る・不貞腐れる」
「相手に合わせることが苦痛」

よくあるパターンをあげてみましたが、いかがでしたか?

私がよく言うセリフですが「お見合いや交際で100人の人と知り合っても、あなたと結婚する人はたった一人です。そのほかの99人は、あなたのお相手ではなかったというだけのことです。いちいち感情的にならずに、はい次!の精神で行きましょう」

しかし、結婚しなかった99人は、お互いに意味がなかったというわけではありません。その人たちと出会ったことにも必ず意味はあるのです。お相手はあなたを映し出す鏡だと思って、ご自分のこととして振り返り、ご自分の肥やしにしていくことが出来れば、必ず婚活があなたにとってプラスになるはずです。

一緒に頑張りましょう!
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今日は、横浜の青葉台で女性起業家が集まって、とても有意義な時間を過ごしました。

地位の高い人との結婚を望むということ

こんにちは。サロンドマリアージュ横浜プレジール結婚コンサルタント渡辺智美です。

我が家の小6男子は、中学受験生です。
中学受験は、小学校4年生から塾に通い、段階を経て少しづつ準備をするのが通常です。
本来なら、受験できる精神年齢ではないお子さん(うちの子も)もいらっしゃいますから、時間をかけて徐々に受験生となっていきます。

しかし、中学受験を始めると、必ずと言っていいほどこんな風におっしゃる方がいらっしゃいます。

「中学受験なんかしなくたって...。勉強ばかりでかわいそうだよ。それに、私立中学なんて甘い世界に入れたら社会でやっていけなくなると思うよ。」
「そんなにいい学校に入れたいの?」(うちは中間を目指すのがやっとですが...)

このようにおっしゃる方は、中学受験について全く知識のない方です。

しかし、不思議なことに、毎日のようにクラシックバレーを習っているお子さん、土日返上で野球やサッカーに打ち込んでいるお子さんに対しては、
「えらいねー!」
と言うのです。

打ち込んでいるものが違うだけです。

それに、私立中学が甘いだなんて、どこのお話をしているのでしょうか。私立中学は、本来中高6年かけてする勉強の内容を、4~5年で終わらせるところがほとんどで、「楽」「甘い」ということはありません。また、高校受験がない分、海外研修に出掛けたり、将来について考えたり、色々な検定試験を受けたりする時間にあてており、楽をして遊んでいるわけではありません。

こんどはそれを「あまり無理させちゃ可哀そうだよ」とおっしゃいます。

私は、この「中学受験を知らない人が知識のないまま中学受験を否定的に見る」のと同じように、「地位の高い男性を夫に持ちたいという女性を結婚して楽をしようとしている」としか思わない人は、どこか似ていると思っています。
なぜなら、地位の高い人と結婚したから楽であるのかどうかはわからないのですから。

つまり、人の苦労は外からは見えないということです。

例えばですが、
貧乏な人の妻がお金の苦労をするように、お金持ちの妻にもたくさんの気苦労があります。
貧乏な人が自由がないと思うように、お金持ちの妻にも自由がないと思うことはたくさんあります。

どちらも楽ではないのは同じです。苦労の仕方が違うだけです。

アメリカのある大企業の社長が、あるときこう言ったそうです。
「今度生まれ変わったら、マクドナルドで働きたい...」

彼は大企業の社長ですから、何千人何万人の従業員の生活が彼の肩にかかっています。何か失敗があればすぐに大きなニュースとなり、あっという間に会社経営の危機に陥ることだってあるでしょう。背負うものが大きいがための気苦労が絶えず、気楽に働いて嫌なら辞められる、マクドナルドのアルバイトぐらいに、身軽で自由になりたかったのでしょう。

そう考えると、「地位の高い男性の妻になりたい」ということは、本来は「地位の高い人の生活の苦労を学び、どんな時でも努力して夫を支えて成長したい」ということだとも言えます。

もし、そうおっしゃっている本人にそのような正しい認識がないのであれば、いくらお見合いをしても成就することはありません。
正しい認識がない、とは、「地位の高い人と結婚すれば、好きな服も、欲しかったバッグも買えるし、行きたいときに好きなだけ海外旅行もいける。一生楽ができる」という勝手な期待ばかりが膨らみ、努力しなければならない面については全く考えていないということです。「私立中学に行けば社会に出てやっていけなくなるくらいに楽だ」と同じです。

このように認識の甘い女性に会えば、地位の高い男性はすぐに気が付きますので、なかなか交際に発展することはないでしょう。地位の高い男性が、どのような女性と結婚したいかは、その苦労がわかれば自ずと想像できます。

私は仲人カウンセラーとして、「地位の高い男性と結婚したい」という女性は「地位の高い人の生活の苦労を学び、どんな時でも努力して夫を支えて成長したい」という尊い気持ちがあるのだと考え、是非応援したいと思っております。
そして、そのような男性に「妻になって欲しい」と思われる女性になれるように、しっかりと指導・アドバイスをしたいと考えております。
ただし「苦労を知り努力をして成長したい」と本気でお考えの方に限ります。

一緒に頑張りましょう!!
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「トイプードルは人気があるらしく、たくさん子供を産まされました...。」ユリ

好感度の高い人

こんにちは。サロンドマリアージュ横浜プレジール結婚コンサルタント渡辺智美です。

前回のブログで、「私にはもったいない人なので、あちらが私でもよいと言ってくださるなら交際したい」と言ったA子さんのお話をしました。

これは、一見「A子さんは謙遜している良い人」のように思うかもしれませんが、婚活の場では「努力が足りなかった」と言わざるを得ません。
「私にはもったいない」ではなくて、

「私があなたを幸せにする!!」
「私と結婚したら後悔はさせない!!」

と、胸を張って言えるように、花嫁修業(古い言葉ですが)をしておけばよいのです。

「あちらが私でもよいと言ってくださるなら」も、一見、謙虚な態度に思うかもしれませんが、「図々しい」「虫がいい」とも言えます。

A子さんと私は、B男さんからのお返事を「合格通知を待つ受験生」の気持ちでおりましたが、まさに、理想の人と出会った瞬間は「受験当日」の心境に近いのかもしれません。その受験当日まで、受験勉強に励むのは当然ですよね。
ここでは「受験勉強」=「花嫁・花婿修業」なのです。

それにしても、「真面目で落ち着いた人なら誰でもいいです」「年収は300万円あれば充分です」と言っていたA子さんが結局惹かれたのは「私にはもったいない」と言わなくてはならないほどの格差を感じたB男さんたった一人でした。

それはなぜでしょうか。それほど高い理想を持っていなかったはずのA子さんなのに、なぜ、B男さんにしか惹かれなかったのでしょうか。

それは、B男さんは「初対面の人を気遣うという気持ちが普段からある方」だからだと思います。格差はそこにあったのです。
確かにA子さんのお見合いの報告の内容は「つまらなかった」「下を向いちゃいました」というものもありました。

B男さんはお見合いだからではなく「いつでも相手を気遣い、初対面の人とも楽しく会話ができる」そういう人だったのだと思います。
もちろんB男さんは、お仕事も素晴らしいのでしょうが、A子さんが惹かれ、尊敬をしたのは、B男さんの「内面からくるもの」だったのだと思います。

これは、「お見合いだから取り繕う」「お見合いでどんな相手にも気に入られることができればよい」という考えとは違います。

「いつでもそういう人」だから、好感度が高く、誰からも好かれるのではないでしょうか。

女性も男性も、このB男さんをお手本にするとよいかと思います。
やはり、初対面の人に会った時の身のこなしや礼儀、楽しく会話ができるということは、家庭を持つと、それまでになかったコミュニティに加わることも多くなると思いますので、必要な術でもありますし、本来なら大人なら誰でも持っていていいはずの術です。

お見合いでは、まず、「もう一度会ってみたい」と思ってもらえれば良しとします。
結婚を考えられる人なのかの答えは、すぐには出せないものです。
その後の仮交際(お友達交際)で何度も会いながら、お互いに結婚を考えられる人であるかを見極め、その次の段階で初めて、結婚を前提とした真剣交際に発展するのです。

ですからお見合いでは、このB男さんのように「初対面の人を気遣い、楽しく会話をする」いうことが、何よりも大事なのではないかと思います。
その証拠に、お見合いで「お料理は作れますか」「得意な料理は何ですか」「家事はできますか」などは、結婚を考えたら当然の質問でしょうが、いきなり聞かれた女性は「家政婦じゃない」と、不愉快な気持ちがしてしまいますよね。
男性も、いきなり収入のことを聞かれたら不愉快なのは同じです。どちらも結婚を考えたときに現実的なことなのにです。

やはり、いくら結婚を見据えているからと言って、お相手のお人柄をすっ飛ばして「何をしてくれる人か」ばかりに興味を持ち、初対面であからさまに質問するのは良くないとも言えます。

「楽しい会話ができる」「相手を気遣うことができる」は、幸せな結婚をするためにも必要なことですから、これも花嫁・花婿修行と考えて頑張ってみて損はないと思います。
例え不愉快な質問をされたとしても、笑顔で上手に切り抜けられたら素敵じゃないですか?

本気で結婚をしたいなら、まずは、お見合いに来てくれたお相手に感謝をし、お相手を気遣い、楽しい会話をすることができる人を目指してみてください。
そうすれば、お見合い後の「交際希望」をお相手からゲットできると思います。

一緒に頑張りましょう。
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昨日の夕食は「茄子とひき肉のみそ炒め」でした。